令和一発目の日記。
今年のゴールデンウィークが長過ぎたおかげで、働く意欲が皆無のカッパです。
働きたくねえ。
あ~だるい。
時代の変わり目
だるいとは言っても、やっぱり時代の変わり目って気が引き締まります。
背筋が伸びるというか。
顔がいつもより凛々しいような気もする。
気がするだけ。
表情筋が退化してきてるんじゃないかと思うくらいたるんだ顔をしています。
けど、気は引き締まってます。
ただ、少し時間がたつとこの気持ちも薄れて、いつも通りのだらだらしたカッパに戻ります。
新しいノートの最初だけきれいに使ってしまう感じに似てる。
気が引き締まってる今の時期だけでも、自分の人生について真剣に考えてみるか。
なかなか自分の人生について考えること無いし。
ってことで、なが~い休みの間にボーっとする時間がたっぷりあったので、色々と考えてみました。
理想の生き方
生き方って一言で言っても、いろんな条件があるよね。
仕事、家族、趣味、家、旅行、お金、健康・・・
それぞれの理想なら簡単に言える。
お金は多い方がいいし、趣味はたくさん楽しんだ方がいいに決まってる。
けどどれをどのくらい重視するかっていう割合が難しい。
お金は欲しいけど、自由な時間もたっぷり欲しいとか。
年齢によっても変わってくると思います。
僕は、20代前半の頃は色んな友達と飲みに行ったり、たくさん遊ぶことを重要視してたけど、今は本当に仲のいい友達としか遊びに行かなくなった。
友達は多ければ多いほどいいから、一生付き合える友達を大切にしたいに変化しました。
たった数年でもこれだけ価値観は変わってきてます。
これから年をとるにつれてまた変わってくると思うし、早急に生き方を決めなくてもいいかなあと。
これが令和元年5月1日に出した結論です。
その時にやりたいことをやる。
とりあえずはこれでいこうと思います。
行き当たりばったりな感じもするけど、そういう人生の方が楽しそうだったりするし。
若い頃からずっと変わらないこと
一方、若い頃からずっと変わらないことがあります。
それが、『理想の死に方』です。
死に方を考えるっていうのはネガティブな感じがするけど、僕的にかなり重要なことだと思うんですよ。
別に人生に疲れたから死にたいとかじゃないですよ?
全く死にたくない。
それなりに人生楽しいし。
僕が考えてるのは年を取ってからの死に方です。
やっぱり、人が亡くなる瞬間ってのは、良くも悪くも影響を与えます。
なので、生きているうちに死に方を考えてみるのもいいかなと思います。
僕の場合は考えるというより、もとから理想の死に方は決まってたんですけどね。
多分年をとっても変わらないと思います。
理想の死に方
僕の理想の死に方。
それは、
一度死んだふりをすること。
で、孫たちから
「じいちゃーん!」(大泣)
って言われたい。
それを自分で聞きたい。
で、「嘘だよ~!!!」って起きたい。
その後、散々家族に怒られた後に、
「いやあ、最後まで楽しい人生だった。先に天国でまっとるぞ!」
って言って死にたい。
このドッキリを挟むことで、みんなのリアクションを見ることができます。
自分が死んだ後の親族のリアクションを見る方法はこれくらいしかないですもんね。
絶対にやったる。
死んだふりする前に
ただ、よくよく考えるとこの方法はとても危険な一面があります。
それは、
リアクションがあんまりよくないパターン
です。
死んだふりをして悲しんでくれたらいいですが、すぐに遺産とかの話になってギスギスし出す可能性もあります。
もしかしたら、めっちゃ喜ばれるかもしれません。
そうなったら死んでも死にきれません。
いやじゃ!!!
めっちゃ泣かれたい!!!
子や孫たちに悲しまれるように、これからの人生を送ろう。
やっぱり、そのためには子供や孫たちから好かれるような人生を歩まないといけない。
って感じで結局、理想の死に方を達成するには、いい感じの生き方をしないといけないようです。
いい生き方はのんびり考えてみるか。
かっぱ